長崎街道シンポジウム

長崎街道シンポジウム実行委員会
(長崎県)


  イメージ活動内容

《長崎街道とは》
 長崎街道は東海道、中国路を経由して江戸と長崎を結ぶ街道で、九州への入り口である豊前小倉から長崎に至る 、九州でもっとも重要な街道であった。長崎奉行をはじめ幕府の諸役人や諸大名及びその家臣たち、 出島オランダ商館長、全国各地の商人や学者、文人、維新の志士等、様々な人が行き来し、 日本の政治・経済・文化に大きく貢献し、新しい日本を生み出す原動力となった街道である。

 江戸時代の陸上交通の体系は、江戸を中心とする五街道とその延長または分岐道である脇街道からなっており、それぞれ街道の宿駅その周辺の村落によって休憩、宿泊と人馬継立の機能が維持されていた。 このうち五街道は幕府の道中奉行が直接支配していたのに対し、脇街道は幕府の勘定奉行が藩の通じて、間接的に支配するものであった。その支配のあり方には大きな違いがあった。脇街道である長崎街道は、長崎から小倉までの約224kmに25の宿場がおかれた。 藩ごとに整備された道をつないで街道としたものであり、その成立年代や道筋は時期によって異なる点もあり、不明なところがまだまだ多い。


《長崎街道シンポジウム》
 長崎街道シンポジウムは「歴史・未来・みちルネッサンス事業」の一環で、歴史的に大きな役割を果たしてきた長崎街道を再認識し、人と人、「まち」と「まち」の交流や地域の活性化に寄与する「みちづくり」、「まちづくり」を進めることを目的として、建設省長崎工事事務所の主催で開催されました。




 
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